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林良祐『世界一のトイレウォシュレット開発物語』(朝日新書)

林良祐『世界一のトイレウォシュレット開発物語』(朝日新書)を読む。

「おしりを洗って30年」という魅力的な帯が付いている。

肛門の位置はどこか?
おしりに当たって快適に感じる温度は何度か?
そのお湯をどの角度で当てるか?

著者達は自分自身の「おしり」を以て1日16時間交代で実験を繰り返し、ついに「黄金律」を導き出した。

お湯の温度38度、便座の温度36度、乾燥用温風50度、ノズルの角度は43度。
さらに、おしり洗浄の43度に対して、ビデ洗浄は53度。ノズルの噴出口は、おしり洗浄3穴、ビデ洗浄5穴。

その他にも多くのエピソードが語られている。苦労の中にも楽しさと充実感に溢れた本である。開発につきものの、他からのヒント、例えば信号機や車のアンテナにヒントを得て開発されたものについても言及されている。

本書で語られているのは、新しい「もの」づくりの開発物語であるが、この「もの」とは「文化」であると著者はいう。

 実は、TOTOが目指すものに「文化をつくり出す」ということがある。
 最新の技術によって、人々の暮らしを快適にする精進を開発してきたわけであるが、単に「困った」を解消するだけなら、それは「手段」でしかなく、文化の創造までには至らない。40頁

「私はTOTOに入社して、ものをつくり、文化をつくるとはどういうことなのかを徹底的に学んだように思う」という著者は、技術者に対し次のようなメッセージを送っている。

 シャワーだけ作っても、「ライフ」が変わるまではいかない。シャワーを使ってどんな生活がしたいのか。それを支える技術とはいかなるものか。技術者はそこまで考えて新しい技術を生み出すべきだと私は考えている。49頁

ものづくりの現場はこの20年で大きく変化したという。
著者の駆け出しの頃は、予算不足で実験用の試作品を自分で作らなければならないときがあり、どうやって作るか考えていると、「作るなんて10年早い、まず掃除や」と言われた、という。それが、

遠回りはあるけれども、時間があるのなら、こうしたアプローチのほうが正しい、と思う。それが技術者にとっての財産になるからだ。54頁

それに比べて現代は、「スピード感はあるが、その「知識」は非常に薄いものと言わざるを得ない」という。

ハードな修行時代、心が折れそうになっても、くじけることがなかったのは、その技術を使って、それまで世の中になかった商品が生まれ、流通していくということの面白さを実感したからだろうと思う。55頁

アメリカでの苦労話も実に興味深い。

アメリカにやってきて、私はいかに、これまでの自分が驕っていたのかを知った。(略)これまでは技術者同士でしか話をしてこなかった(コミュニケーションをとってこなかった)ことにも気がついた。(略)「自己の力を高めない限り、ここではまったく通用しないんだ」
 私は「成長」を目標に掲げた。74頁

また日本の強みである「現場の底時力」についてはこう語られている。アメリカで買い取った工場は、

 足の踏み場もないほど荒れ、従業員はラジカセから大音量の音楽を流して作業をしていた。とても統率がとれているとはいえなかった。
 ここに、(略)TOTOのものづくりの精神を注入し、工場の再生に取り組んだのである。そしてわずか1年で、ゴミひとつない工場へと変化した。(略)ひとえに、現場を変えることができたのは、現場を任された人間の推進力、本当の底力だった。83頁

さて、全く新しいものを作るためには、それまでの「常識」を壊さなければならない。

 私たちが最初に取り組んだのは、デザイナーの意識を変えることだった。(略)デザイナー自身が「ウォシュレットとはこうあるべき」という、「常識」にとらわれ、ブレーキをかけていたのである。103頁

まさに「Stay foolish」である。

2005年9月、1泊2日の合宿会議、アイデア検討会議「夢会(夢を見る会)」が開催された。「夢を持って仕事をしよう」というその会議で、「さらなるグローバル展開を見据えて」、「日本らしさ、日本人らしさとは何か」が話し合われたという。「日本のメーカーとして世界に打ち出すトイレのデザインとはどういうものか」という訳である。
そこで出て来たのは、

自然とともに生きて生きた日本人は、美しさを瞬間的に心に富める繊細な感性を日常的に育んできた。真の「気持ちのよい空間」とは、五感すべてが気持ちよいと感じて成り立つ。129頁

「禅寺の美しく掃き清められた庭」のような「静かな存在感」。いいですねぇ。グローバル展開するためには、日本の良さを徹底的に追究すべきだと私も考えているのであるが、TOTOのようなメーカーがそれを具現化して下さるととても有り難い。

それにしても、「サイボン式」「サイボンゼット式」「フラッシュバルブ式」「シーケンシャルバルブ式」等々、いろいろあることを知って驚いた。しかし一番驚いたのは1秒間に70回以上の脈動を与える「ワンダーウェーブ洗浄」である。まさしくワンダーだ。こんなことを知ってしまったからには、ノズルから噴射される水を見たくなるし、トイレでの水の流れ方をよくよく観察したくなってしまうというものである。これからは心してお尻を洗い、心して流さねばなるまい。

ノズルが清潔だと言い張るのなら、舐められますか?156頁

これまた厳しい言葉である。がこれは、一般使用者ではなく、女性開発担当者の言葉である。もちろんこの声に応えるべく、10年かけて新しい方式が開発された。

技術的問題などで、なかかな採用されなかったのだ。しかし研究者はあきらめることなく、これがノズル洗浄に使えると、ひそかに社内のウォシュレットにつけて検証を続けていた。そして10年がたち、きれいなノズルのデータを見せながら、「信用して下さい」と主張した。159頁

著者はこれを「開発者の「意地」」と言っている。

おしり洗浄の水で目を洗えますか?160頁

これはビデ洗浄に関しての、やはり女性開発者の言葉である。当然これにも答えるべく新しい技術が開発されたのである。

世界一のトイレを作る。その夢と誇りにあふれた本である。

補足)
50頁に、職人さんの試作品と量産化の問題が語られていて、これも興味深い。著者が考えているのはあくまで量産である。

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